2021年4月
日本キャリア・カウンセリング学会
会長 廣川 進
(法政大学キャリアデザイン学部)

ご遺志を受け継いで

当学会創設からの功労者、特別顧問の木村周先生が3月14日に87歳でご逝去されました。日本のキャリアカウンセリングのフロンティアとして長年にわたり生涯現役でご指導されてこられました。コロナ禍でご葬儀にも参列することができず、喪失感を抱き続けている方も多いと思います。

私と木村先生の出会いは約20年前、当学会大会で研究発表をさせていただいたときでした。まだ企業に務めていて、初めてで慣れない学会発表が終わってほっとしているところに、先生から歩み寄ってこられて、「良い研究でした、これからもこういう研究をどんどんやってください」と励ましてくださいました。「現場から発する研究の問い」はそれが稚拙なものであろうと意味がある、と。40歳を過ぎてから職業を変えようと逡巡していた私にどれほど勇気をあたえていただいたことか。5年ほど前の学会のときも、3時間の長いシンポの司会をしていた私に帰り際、「いやあ、冒頭のあなたの10分の話が一番、わかりやすかったよ」とニヤリ。お叱りとも励ましともとれる鋭い一言でした。おそらく、これを読んでいる多くの方おひとりおひとりに木村先生とのエピソードが浮かんでいることでしょう。

今回の改称の背景にあること

「日本産業カウンセリング学会」は創設25年になる今年4月「日本キャリア・カウンセリング学会」へ改称します。

2020年以降の社会はコロナ禍の影響をどのように受けるのでしょうか。オンライン化、リモートワーク化は職場も働き方も変えていくでしょう。今まで以上に人と人との関係性が重要になるのではないでしょうか。

また失業、貧困、自殺の増加、さまざまな格差の拡大、2極化が加速されるでしょう。少子高齢化も急速に進み、大きな転換期、過渡期を迎えることになるでしょう。

こうした時代にあってキャリア・カウンセリングには何が期待されるのでしょうか。カウンセラーは何をなすべきなのでしょうか。

キャリア支援をささえる理論の柱の1つである心理学は、伝統的に個人の内面に焦点をあてることが基本でした。そのためどうしても個人の性格や病理に原因を求めがち、自己責任論に傾きがちです。しかし上記のような時代の変化は個人の属性を超えた構造とプロセスを有しています。

あらためて、日本で起きている多層の現実を見据えながら、キャリア支援を考える際の「キャリア」や「カウンセリング」の概念を広げる必要があるのではないかと思っています。具体的に言いますと。

  • キャリアをワークやライフも含む最も広い概念としてとらえる。
  • われわれの支援対象とテーマは「すべての人の」「生存から自己実現まで」を射程に入れて考えていく。この1行だけでも大変な拡大です。
  • 支援領域は「産業」にとどまらず、「家庭」「学校」「地域」等を含む。
  • 支援対象者は金銭の報酬を得るpaid workの企業人、労働者に限らず、あらゆる個人、学生もシニア層も、unpaid work の従事者(介護、ボランティア等)まで含む。 
  • 個人はもちろんグループ、チーム、組織、コミュニティ、社会への有効な働きかけ、アプローチを模索する。
  • 「キャリア・カウンセリング」の「・」(ナカグロ)の意味は、これまで同様に学問と実践の「カウンセリング」を重視し、日本におけるキャリアカウンセリングやキャリアコンサルティングの質の維持・向上という社会的要請のための研究と実践に寄与する学会であることを明確に示す。
  • 上記の背景を踏まえた「カウンセリング」のマインドとスキルの向上を追究する。
  • カウンセリングの質の向上のために、スーパービジョンを受けることと事例検討会に自分の事例を提出することを両輪としてとらえ、その環境の整える取り組みを積極的に行う。

「日本キャリア・カウンセリング学会」としての新たなチャレンジの日を目前にして旅立たれた木村先生のご遺志を継いで、われわれは上記のような大きなビジョンを描き、ひとりひとりの心に希望を灯す学会を目指していきたいと思います。

木村先生ありがとうございました。

合掌。

(2021年4月発行 会報より)